2月2日火曜日 メラ開催2日目
私はまだ日本時間で動いているらしく今朝も4時におきた。(日本時間7時)
毎朝5時になると音楽と歌が聞こえてくるのはコーランでのお祈りソングで全インドにそれぞれ鳴り響いているが、嫌な感じではなく、癒しみたいな感じになってきている。
それよりも5時半から目覚めて大騒ぎする猿たちのほうが激うるさい。
今朝もバルコニー側の窓に突進したり、部屋入り口前で格闘したりと、サファリパークのまん中で野宿でもしているかの動物騒音環境だ。
果たしてそのうち慣れるのだろうか?。。。
扉をあけたら「お猿のうんち」が転がっていて、仕方なにのでトイレットペーパーでくるんでトイレに流した。
。。。
「なんでかなあ~♪ なんでかなあ~♬
猿のうんちを水洗トイレに流すというこのシチュエーション~~♪」
って即興で歌いながら、トイレに流しました。。。
慣れるのかなあ、この環境。
って、もう慣れた感が。笑
朝9時にロビー集合、の予定なので集合すると、結局10時半までバスの到着を待たされた。
オー、インディア。。
待っている間、暇暇で、すると昨日到着した外国の子たちが一人二人とロビーに集まってきた。
大変日本的な顔をしている。
女の子たちは全員13歳~18歳だ。
暇だったし、互いに互いが気になるので英語でハローと歩いていって話しかける。
人は私のことを「情報収集力に長けた者」または「単なる大阪のおばちゃん」と呼ぶ。w
みんな顔を見合わせてくすくす。
一人だけ英語を話せる少年がいたので話をした。
サトシ登場
今私のFACE BOOK友になっているNurdan Esenbekovくん。名前読まれへん。。。
彼が、息子の親友に顔がそっくりなのだ。
息子の小一からの親友で、我が家にいりびたっていて(互いの家に入り浸っていた息子たち。37歳の今も仲良し)「うちの息子のサトシです」と一緒に旅行行ったりしたときに紹介する、あの(どの?笑)サトシとそっくりなのだ!
めっちゃ親近感丸出しで
「名前は君はさとしね、さとし!!!」
と会期中呼んでいた。笑
それほど日本的な顔立ちの彼らだ。
彼らはキルギス人。
サトシは22歳で、今回初めてのメラ参加だ。
全員国立のアートやクラフトの学校のメンバーだそうで、大人たちは学校の校長、デザイナー、キルギスのお偉方だそうだ。
へえ、そうなんだ~
私たち日本から来たの。
日本知ってる?
というと
「トーキョーというのを世界の天気予報で聞いたことがある。
それがJAPANでしょ?」
と。
わかる、それ。笑
しかし私はキルギスの場所も首都も知らなかった。。
ねえねえ、記念にみんなで写真撮ろう、といって、みんなを誘って撮影。
ここにいる間に色んな国の人と仲良くなろうと思ったのは、ここでしかできないことだからだ。
ある意味、オリンピックの選手村のようかも。(VISAだってオリンピックの選手のものだよ!)
いや、それまで普通に私服だったのがみんな帽子をかぶってくれたり、校長先生の女性は国旗まで用意してくれて、軽いノリだったのに、国際親善みたいになって恐縮でした。
17歳~20歳のBOYSたちが山田先生にドハマリして、山田先生を
「オトーサン!!」
とどこでも慕ってきたものだ。
今回の滞在中に本当に仲良しになった彼らだ。
写真、私の右隣が国立学校の校長先生。
今回引率の先生方はみな女性で、見事に全然英語が通じなかった。
彼らも国としてこのメラに初参加で、初参加の国はこのホテルに宿泊させてもらえるようだ。
はてさて
15日間の長丁場だと、プレオープンと初日だけVIPが集まって残りの日程は一般PEOPLEかと思ったら、インドは州がいっぱいあって毎日要人が来場するらしい。
今日はまた模様変えをした。
「JAPAN」の看板が正午に届いた。
一応、インパクトのあるJAPAN看板がすでにあるけれど。w
「事件は現場でおこっているんだ」
「事件は現場で起こっている]
を日々の教訓、MYつぶやきにして、日々どうしようか、こうしようか、と考えることになるのだ。
今日から人が大挙してくると思ったら、意外にいい感じの忙しさだった。
自分たちのステージ時間が夕方になった太鼓チーム「鼓遊」の二人、20代の後藤さん、15歳(13歳ちゃった)の人気者、萌ちゃん、二人がJAPANブースを盛り上げるため大変献身的にパーフォーミングを開始した。
「鼓遊」さんの太鼓ステージで人が集まる!
二人は大凧マスターの遠藤さんが凧あげしている場所にも行き、太鼓でもりあげてくれていた。
感謝!
たぶん彼ら二人は今回のメラでもっともメディアに取り上げられた二人、特に萌ちゃん、だと思う。
取材で忙しく刺激的に時間に追われる。
インドの2月はベストシーズンで、乾季に加え、昼間は気温20度と大変すごしやすい。
日が暮れると、少し肌寒かったり、インドのイメージが大幅に変わった。
はてさて、昼食時間になり、招待国専用レストランに交代でいくことにした。
続く