お礼のメールなど秘書さんとやりとり。
大使は離日されるけれど、退任は来年2月だと聞いて
「あ@~」
一次的に離日しただけで、本当の退任は2月だということだ。
早とちり!
秘書さんから
「大使からのインドアートの披露をお願いできないか。
先だってインドから持ってきて現在三越で展示中の作品群です」
とメールが来た。
私のプロデュースするギャラリーでは大型作品はとても無理で、では宝山寺に毎年正月に迎賓館(畳100畳ワンルーム)で展覧会を他の作家さんがされていることを知っていたので、宝山寺でさせてもらったらどうか、と貫主に相談。
貫主が二つ返事で
「やったらいい」
と。
でもこの時点で責任者は私だ。。。。 ぞわぞわぞわ。。。
インド大使館は
「今回の作品はすべて『長谷川さん』のところにある。
『長谷川さん』と連絡を取って進めてください」
と伝えてきた。
インドとの交流を個人で20年近くされている方で、新潟でミティラー美術館というインドアートの美術館をされている。
毎年代々木公園で
ナマステ・インディア
という国内最大のインドイベントを開催されている主催者の方だ。
~ナマステ・インディア2019~ 日本最大級のインド・フェスティバル (indofestival.com)
長谷川さんの電話番号をいただいたので電話。
事情を話し、先だってのアートも、展示のあと、新潟で一時預かりになるという。
年末に新潟から生駒宝山寺まで車で運ぶという話になった。
「一枚でも売れればいいので宝山寺で展覧会しましょう」
お正月に初詣客は何万人参詣するが、果たして
「初詣のついでの30万円以上の作品を、インドの作品を買う人はいるのか?」
と大きな疑問を持ちながらも、これはしなくてはいけないんだろう、と、話を進めることにした。
ちなみに私は身銭を切ることはあっても、収入はない。
労働力も無料奉仕だ。
いや、ほんと。
ところが
10月4日のことだ。
二月退任予定の大使の退任が急に11月下旬に早まったという連絡を受けた。
がーん。
インド大使閣下が11月下旬に退任されることになり、本国に帰られると、今度は正式決定した。
がーん。
次の大使が落ち着くまで文化イベントはすべて延期となり、宝山寺の年始のインドアート展示が中止になった。
貫主に連絡して正月インドアート展覧会は中止の旨を告げる。
この時点でパンフもポスターもデザインだけで印刷まで回っていなかったので実害はなかったのが何よりだった。
11月退任に貫主も驚き、
「いい方やったなあ。
最後にに会いたかったなあ」
おっしゃられて。
それくらいワードワー大使のお人柄に魅せられたようだ。
「本当に離日されるのですね?
と貫主の意向を伝えた。
なんでも急に退官が決まったので、政府高官や企業の会長などが御目通り予約いっぱいで時間はほぼとれないだろう、という返事が来た。
残念。
またご縁があれば会うこともあるかもしれませんが、めちゃくちゃ素敵な方で、やっとご主人と一緒に暮らせるのかしらん、と思ったり。
ご主人、ご子息二人はNYとドバイで年に一度しか家族が揃わないそうで!!!
「年に一回しか家族に会えないなんてさびしいに違いないでしょう!」
とか言っちゃたし、私。(冷や汗)
これで今度こそお別れで、最後に会いたかったな、大使館いってみたかったな、と一人思いつつ。
ところが
ところが、10月25日、貫主から私に電話があり、
「大使が最後に挨拶がしたいから東京にきていただけないか、と大使館通訳さんから電話があった。
いかなあかんな!
なんとかスケジュールやりくりしよう」
と。
「私もいきたいです!」
とお願い。
またもや次女もくっついての貫主のお供に。
大使館行ってみたかったんですよ、はい。
2015年 10月28日 水曜日
東京のインド大使館前で貫主夫妻と待ち合わせ。
(広くて立派で入り口がわからなくて遅れてしまった。(;゚ロ゚))
待合室で待つこと20分。
呼ばれました。
ちゃんとして通訳の方がついてらして、どんだけ救われたか。wwwww
ガンーシャの話から仏教専門用語の羅列で、このスペシャリストな通訳の方がいらっしゃらなかったら、「?????????????」で終わったかも。
大使は
「宝山寺で大般若を頂戴したあと、息子が結婚をずっと延ばし延ばしにしていた婚約者と結婚することになり、大変うれしいこととなりました」
と感謝を述べられた。
私と次女は本来おまけなのに、私にまでお土産を用意してくださっていた。
うるうるうるうる。
2年後、ご主人が定年になり帰国するから、インドにこの四人でいったら私が案内します、とまでおっしゃってくれて。
2年後インドいくぞ~~~!!
と力こぶ。
それにしても大使館すごい素敵でした!
帰りは大使館の玄関の外までお見送りくださり感動もいいとこ。(ちなみに離任で超多忙で面談の申し込みが無理な大使閣下が自らお会いになられるというのは、本当に特別扱いだそうです)
そのあと東京パレスホテルで貫主ご夫妻にディナーをご馳走になり、ラッキーずくしでした。
貫主ご夫妻と別れ、私は東京の長女の家に遊びにいき最終の飛行機で帰阪しました。
それにしても 大使閣下 宝山寺 私と次女の縁はほんまに不思議でした。
そして
つづく